オゾンと紫外線を用いた殺菌脱臭
Removal & kill offensive odor, germ and bacteria applying ozone and Ultraviolet ray.執筆者名 脇勇二
1. はじめに
昨今、テレビを始めとする媒体を通じて「オゾン」という言葉を耳にすることが増えてきた。家電の洗濯機などはその最たるものである。オゾンは1835年ドイツの科学者によって発見され研究が進み、強い殺菌・脱臭・漂白作用等が見出された。1906年には初めてフランスのニース浄水場でオゾン処理による施設が稼動し衛生面で大きな貢献を為した1)。日本では1985年に取水源である霞ヶ浦で夏季にアオコが異常発生し、オゾンガスによる脱臭殺菌処理の試みが始まり、これが浄水におけるオゾン利用の端緒となった。これら工業的な利用に始まり、現在ではようやく個々の日常生活レベルでの導入・活用が始まりつつある。
2. オゾンと紫外線を利用した殺菌脱臭
「オゾンの発生方式」、「オゾンの殺菌脱臭メカニズム」、「液相及び気相でのオゾン利用」及び「紫外線の殺菌脱臭メカニズム」の順番に沿って各項目を述べてゆきたい。
2.1 オゾンの発生方式
オゾン発生の方式は、大きく3つの方式が利用されている。(表1参照)
表1
2.1.1 紫外線によるオゾン生成は空気に対して低圧水銀ランプ照射を行う(図1参照)。太陽からの紫外線を受けて成層圏近くにオゾン層が生成される地球のミニチュア版である。オゾンの生成効率が最も良いとされる184.9nm 2)の波長に発光強度のピークを持つランプを使用する。空気中の酸素分子を照射エネルギーにより解離させ単原子の酸素を作ると他の酸素分子と速やかに反応しオゾンを生成する。
図1
2.1.2 放電によるオゾン生成モデルは、交流回路の二電極間に生じた電場に原料空気を通す。電離作用により電子を失った酸素分子の解離が起こり単原子の酸素が生成され酸素分子と反応しオゾンとなる。工業的にはオゾン生成の効率を高めるべく下記二つの方法が用いられている。
1) 無声放電方式(図2参照)
電極間で起こる放電時の音、異常放電を防ぐ目的で電極が絶縁誘導体(ガラス等)で覆ってある。安定した放電状態を維持することが出来、大量のオゾン生成に適している。
図2
2) 沿面放電方式(図3参照)
一般的な構造としては円筒形の絶縁誘導体内部(セラミック、ガラス等)に面状電極を埋め込み、表面には細かいピッチ(0.1〜0.5mm)で線状電極を配し交流電圧を印加することにより、オゾンが発生する。比較的小型の機器に用いられる方式である。
放電方式は紫外線照射方式に比べ、原料の空気に与えるエネルギーが大きいため空気中の主成分である窒素分子を解離し、Nox(窒素酸化物)を生成してしまう傾向が強い。問題を抑えるため、原料空気中の窒素を吸着し、酸素濃度を上げる目的でPSA(Pressure
Swing Adsorption/ガス濃縮装置)を併用するのが一般的である。
図3
2.1.3 電気分解方式(図4参照)
陽極と陰極の間にイオン交換膜を挟んだ構造の槽で水の電気分解を行うことにより陽極側に酸素と一定量のオゾンが生成される。オゾンの生成効率アップには陽極の材質選定と交換膜の材質によるところが大きい。3)。高濃度のオゾンを水から作りだせるため、クリーンで大型化が容易である。
図4
2.2 オゾンの殺菌脱臭メカニズム
表2に酸素種の反応速度乗数4)を示した。数字の「べき」の指数が大きいほど反応性が高く、小さいほど安定であること(不活性)を示す。酸素の「べき指数」はマイナス30、オゾンのそれは2〜3であり、酸素の32桁以上も反応性が高いことを示している。さらにOHのべき指数をみてみると8〜9を示しており、酸素種として最も高い反応性を示している。つまり非常に強い酸化能力を持っている。オゾンは単独でもかなり高い反応性を示すが、H20と共存する環境ではお互いに反応して大量のOH*(ヒドラキシラジカルとよばれる活性酸素)を生成していると考えられる。下記の反応はオゾンの生成される大気中では普通に起こっている。
H2O+O3 ⇒ 2OH*+O2
酸素種 | OH* | O | HO2 | O3 | O2 |
速度定数 | 108〜109 | 105〜106 | 102〜103 | 102〜103 | 10-30 |
このOH*が殺菌・脱臭に大きく寄与している。同様にオゾンが崩壊する際に、活性度の高いO*、O2*並びに酸素イオン等も混在する状態が出現し殺菌・脱臭の効果を発揮する。
殺菌作用は、ウィルス・菌類は細胞殻・細胞壁にオゾンが接触しただけで表面の水分と反応しOH*を始めとする酸素ラジカルが生成され強い酸化作用で膜破壊を起こし溶菌作用をもたらす。
脱臭作用もオゾンの強い酸化作用に因る。悪臭成分を強い酸化力で分解してしまう。燃焼分解法と同じ作用を常温、大気圧下でもたらすとも考えられる。代表的な悪臭分解の反応を示す。5)
メタン CH4 + O3 ⇒ CO2 + CO + H2O
硫化水素 H2S + O3 ⇒ S + H2O + O2
2.3 液相及び気相でのオゾン利用
オゾンの利用は、主に液相と気相の2つに分けられる。
2.3.1 気相での利用
オゾンガスそのものを生成して殺菌・脱臭の用途に用いる。
1) 高濃度オゾンによる薫蒸
無人の環境下で密閉された空間内にオゾンを誘導し、高濃度(数ppm〜数十ppm)のオゾンで殺菌・脱臭を行う。処理後、脱オゾン処理+換気を行い、0.1ppm6)以下の空間濃度になってから有人作業をおこなう。例として手術室のホルマリン薫蒸後の後処理等、生化学研究所の研究・培養ユニット施設等の殺菌に用いられる。5〜10ppm程度のレベルでは食品工場の夜間時無人薫蒸殺菌で用いられる。
2) 低濃度オゾンによる殺菌・脱臭
有人環境下に低濃度オゾン(生活・作業域で0.1ppm以下)を継続的あるいは断続的に供給し、殺菌・脱臭を行う。空間中に浮遊するウィルスの殺菌、花粉の酸化分解、タバコ臭・ペット臭に代表される生活臭の分解等に有効である。病院待合室、浴場全般、ホテルロビー、厨房施設等用途は広範にわたる。
2.3.2 液相での利用
オゾンガスを水に強制的に混合しオゾンガス水溶液として利用する方法である。主に2種類の方式がある。
一つにはエゼクタ(2種類以上のガス・気体を流速差を用いて強制混合する静的なミキサー(図5参照)でオゾンガスを水に混合する方式である、
図5
もう一つはオゾンガスを極微細構造のバブラーを通過させることにより微小気泡(マイクロバブルと呼ばれる/直径50μm以下)として混合利用する方法である。
前者は使用する直前に水との強制混合を行い、オゾン水として利用する。また、強制混合したオゾン水を何回か循環させながら複数回の混合処理を行いバッファタンクに一定濃度(〜10ppm)のオゾン水として貯蔵、逐次利用する方式も見られる。後者は比較的新しい技術で、水溶液中のオゾンが比較的長い時間(1〜2時間)、液中に残る特徴を持っている。さらに長期間安定して(〜1ヶ月)貯蔵できるオゾン水の研究も進んでいる。オゾン水はオゾンガスが最も殺菌・脱臭能力を発揮できるH2Oとタッグを組んだようなもので、低濃度でも非常に高い殺菌能力を示す。(表3参照)
表3
2.3.2 その他の利用例
業務上(厨房、食品工場等)の排水処理上、設置が義務付けられている油水分離の構造を持つグリーストラップ(以下グリストと略す)に、オゾンガスを導入、曝気することによって油脂分が分解され、油脂分の存在指標であるノルマルヘキサン値が大幅に下がるという結果が弊社の納入実績から出ている。(表4参照)その結果、産廃処理の経費面での大きなメリットや悪臭も分解できる。飲食店を始め、食品工場等での導入が盛んである。
表4
2.4 紫外線の殺菌脱臭メカニズム
ヒトを始めとする全ての生物のDNAは260nm付近の紫外線を一番吸収する性質を持っている。一方殺菌用の光源である低圧水銀ランプは254‐260nmの帯域で最大の発光強度を示す。
動植物のように皮膚、樹皮を持たない菌類のDNAは非常に薄い細胞壁と細胞膜に囲まれているだけで、強力な紫外線を浴びると強い吸収を起こし、DNAの損傷が発生する。また、紫外線吸収による急激な温度上昇(強度のやけど)を起こし死に至る。(人の日焼けと同じ現象)。代表的な菌類に対する紫外線の殺菌照射量を下記の表5に示す。7)
表5
3. メリットとデメリット(オゾン、紫外線)
メリットについては各段で既述であるので、留意しなければならないポイントについていくつか述べる。
オゾンガスは非常に優れた効能を持つ一方、濃度が高くなると毒性を現してくる。(表6参照)
自然界には0.005〜0.01ppmのオゾンが存在している。有人環境下では濃度上限を0.1ppmとしている。(表6参照)オゾンはその強い酸化作用によりガスが接触する対象物の酸化腐食を早めることが知られている。高濃度のオゾンを取り扱う場合には利用環境下のガス接触領域のオゾン耐性を充分に考慮する必要がある。
高濃度オゾン利用後は、オゾンを分解した上で0.04ppm8)以下の濃度で大気中に排出しなければならない。一般的に分解には触媒法と熱分解法が用いられる。
表6
オゾン水については、洗浄対象物に接触した瞬間に水溶液中のオゾンは酸化殺菌反応を起こしてしまうため、いわゆる「漬け置き洗浄」ではなく「掛け流し洗浄」で利用するのが定法である。洗浄直後は無菌状態であるためそのままの状態で利用が出来る。殺菌能力は同濃度のオゾンを気相で利用する数百倍〜数万倍の力があると考えられる。また溶媒原料となる水の性質により、必要に応じて鉄分除去、塩分除去等の前処理が必要な場合がある。特に地下水等、自然水を溶媒とする場合は事前検査が必須である。これに対し上水道の場合は、殆ど問題は見られない。前述の通りオゾン水に接触する処理対象物は耐オゾン性の材質を考慮する必要がある。
紫外線殺菌の紫外線はヒトにとっても有害(特に眼球)であるため光学的に密閉された環境で用い、直接暴露を避けなければならない。(図6参照)。紫外線が照射された領域は殺菌されるが、光源からみて陰になるところでは殺菌作用が起こらない。また、流水殺菌の場合水の濁りが強いと、吸収が起こり殺菌作用が弱められる場合がある。また、この流水使用の場合はランプのケーシング表面に付着する水垢、湯垢が付着して紫外線照射効率が低下しないよう、適時ランプの清掃が必要である。ランプのケーシングは石英で出来ているため、メンテナンス時に誤って素手で触れると皮脂により破損の原因となりうるので十分注意が必要だ。これらの特性を理解したうえで適用を行えば、殺菌対象物に対する副作用(腐食、液体の成分変化等)を伴わない優れた殺菌手段である。
図6
4. 実際の現場での利用状況
半導体工場、生化学研究分野等高濃度オゾンを利用する領域は、設備金額としては大きいが市場が限られるため、より日常生活に近い分野の「現場」についてページを割きたい。
1) 気相での利用の現状
オゾンガス濃度としては、生成濃度は概ね1〜20ppm内外で有人の利用環境では0.1ppm程度に空気希釈された状態となるものを想定したい。利用分野は例えば、ホテルロビー、業務用厨房、化粧室、浴場等である。
ホテルロビー等インテリアデザインの統一性が求められる場面では、デザイン上の柔軟性も必要であろう。
2) 液相での利用の現状
オゾン水を必要とする環境は食品工場の生産ライン、業務用厨房、医療現場での殺菌・消毒等が考えられる。残留しない殺菌水として様々な分野への利用が期待されている。
3) 紫外線照射殺菌の利用での現状
紫外線による殺菌の利用例としては、食品工場における食品密閉前の容器消毒、食品そのものの表面殺菌、循環式プール/浴場の流水殺菌、貯水槽・タンクの殺菌等である。概ね市場は飽和状態であるといえる。しかし、その他の用途として殺菌ではないが液晶ガラスの表面洗浄や樹脂表面改質などその産業用へと利用され使用範囲は広がっている。
5. 今後の展望
従来の「殺菌」の王道である「塩素」と「アルコール」も現状では「耐性黄ブドウ球菌」、「ノロウィルス」、「レジオネラ菌」など耐性を起こすなど、なかなか駆除できない現状が浮かび上がってきている。それに対してオゾンや紫外線殺菌は化学的酸化作用によって、耐性菌が作られないメリットがある。今後、そういった現場では最低限の塩素使用とオゾンや紫外線利用の併用の形態が増えていくものと推察される。また、空間中の浮遊塵埃に含まれる花粉、ダニの死骸等アレルゲン物質の分解にも低濃度オゾンガスは利用できるため、有人空間の環境改善にも大いに利用されるであろう。
6. 終わりに
1990年代初頭にオゾンの有効性が脚光を浴びた時期が在り、中型、小型の機器がかなり出回った。但し、当時の機器は「値段が高い」、「動作不安定」、「大きくて重い」、「連続稼動が困難」といった問題点を抱えたものが多く、広く普及するに至らなかった。翻って今の状況を見た場合、上記の問題点を克服した上で工業界のみならず徐々に一般消費者も利用できる技術として裾野を広げてきていることが感じられる。オゾンの生成技術はほぼ出揃ったが、利用分野はまだまだ未開拓である。思わぬところに適用できる可能性を秘めた「宝の山」ではないかと思う。
引用文献
1)伊藤泰郎:オゾンの不思議、pp116, 株式会社講談社
2)伊藤泰郎:オゾンの不思議、pp60−61, 株式会社講談社
3)ペルメレック電極株式会社、二酸化亜鉛電極、http://www.permelec.co.jp/products/pro_nisanka.html
4)杉光英俊:オゾンの基礎と応用、株式会社光琳 1996.2
5) 伊藤泰郎:オゾンの不思議、pp84, 株式会社講談社
6) 経済産業省 小エネルギ技術開発プログラム 高濃度オゾン利用研究専門委員会、オゾン利用に関する安全管理基準、2005.3
7) IES Lighting Handbook 2nd Ed. 18・21及び河端俊治、原田常雄:「殺菌灯による水の消毒」照明学会誌36(3)89から96、1952 他 より抜粋
8)経済産業省 小エネルギ技術開発プログラム 高濃度オゾン利用研究専門委員会、オゾン利用に関する安全管理基準、2005.3